何故、日の光が一筋も入らないこんな薄暗いの部屋にいるのかわからない。さっきまで僕は、家族と共にいたはずだ。何故、こんなところにいるのだろう?記憶をさかのぼっていけばわかるだろうか。やらないよりはいい。何もない部屋で、一人佇んでいては息が詰まりそうだ。
僕は昔、大きな事故で生身の身体を失った。その原因はハッキリ思いだせない。まあ、とりあえず、そういうことがあり、僕の身体は脳以外、機械で構成されている。学校では何の隔たりもなく、同世代の友人たちと遊んでいる。ちょっと不満だったのが、僕は機械の身体ゆえ、自然に大きくはならないということだ。定期メンテナンスで、年齢相応の肉体に再構成されるが、自然に大きくなれない不満を親に打ち明けては慰められていた。
我が家は3人家族。ふよう家族はなし、祖父母とは離れて暮らしている。母は専業主婦で、父は外交系サラリーマン。父は一月に一度しか帰ってこない。よく母の愚痴を聞かされては閉口するけど、気持ちはわからないでもない。父は、浮気性で女遊びがひどく、家庭をほとんど顧みない人だ。事実、僕が事故で身体を生身の身体を失ったときも父はそばにいてくれなかったらしい。そのことに、母は憤りを募らせ、離婚がどうとかよくしゃべっていた。離婚したければすればいいのに、母は父とまだ別れてはいない。何がそうさせるのか、ちょっと知りたかったけど、子供心に我慢する。二人が別れてしまうのは別に構わないけど、最低限の養育費は渡してほしい。僕だって、人並みの人生を歩みたいからだ。
ついさっきまでの記憶を思い返すと、数時間前、久しぶりに父さんが帰ってきた。僕は喜んで迎えにいったけれど、父はそっぽを向いて顔も合わせてもくれない。少し寂しかったけれど、きっと仕事で疲れているんだな、と自分を納得させて部屋に戻った。ダイニングルームが突然騒がしくなる。どうやら父と母が口論しているらしい。そこから漏れてくる言葉は、「機械がどうだとか」、「ロボットの父親になったつもりはないなど」等、僕の話題らしい。これはちょっとショックだ。僕はロボットになったつもりなどカケラもない。僕は心があるし、痛みも感じる。ロボットとは感情が何もない、人間の都合よく動くようプログラムされた人形のことだ。あまりよく知らないことだけど、サイボーグとロボットは公で区別されている。もし公衆面前でサイボーグをロボット扱いしたら、想い罪を着せられる可能性だってあるのだ。父は、そんな法律を無視するように、僕をロボットと罵ったのだ。しかも、僕に聞こえるような大声で。
僕は父と母がいるダイニングルームへ行った。そこには、大泣きしている母と顔が引きつった顔の父がいた。父は僕を一瞥すると、鼻で笑ったようにこう言った。「お前は俺の息子なんかじゃない。お前は単なる機械だ、機械なんだよ。お前が母親と呼ぶ女が、子供の死を忘れられずに作ったただの人形だ」その言葉で、僕の中で何かが途切れた。
そこで記憶がブラックアウトしている。もしかして、ここは刑務所で、僕は父さんを殺してしまったのかもしれない。そう考えれば、記憶が途切れているのも説明がつくし、この部屋にいる理由もわかる。可能性としては一番高いだろう。
足跡が聞こえる。壁の響音から察するに、だれかがこちらに向ってきていることがわかった。どうやら、僕に様があるようだ。当然といえば当然だろうけど、僕の心はなにか冷めていた。こういうのを犯罪心理学ではなんというのだろう。ここにパソコンがあったならすぐさま検索して調べたい。
僕から正面に据えられている鉄製のドアがノックされ、その後、地面と摩擦して鈍い音をたてながら開いた。やはりそこには制帽と征服を纏った警官がいた。僕の仮説はますます真実味を増したようだ。
警官は、僕をジッと見据えて話しかけてきた。
「ご機嫌うるわしゅう、ミスター。今お時間はありますか?」
突然慇懃な口調で僕にあいさつする警官。どうしてこんなバカ丁寧に僕に話しかけるのだろう。僕は犯罪者じゃないのか?それとも犯罪者にかける第一声は、丁寧な口調から始まるのだろうか?
「あ・・・ああ、大丈夫」
もっと他のことを話したかったけれど、まず会話というのは相手に合わせることが肝心である。とりあえず相手の口調に合わせて様子を見ることにした。
「そうですか、それでは失礼して」警官は近くにあった簡易イスに腰掛けた。よくよく自分の様子を見ると、僕は豪華なベッドの上にいる。薄暗い部屋という印象はどうやら、この部屋の機能がそうさせているらしい。
「明かりを点けてもよろしいですか」
「あ・・・構いません」
「それでは失礼します」
警官は近くにあったリモコンに手を伸ばして、そのボタンを押すと、今まで薄暗かった部屋がまぶしいほど明るくなる。僕の眼中にある偏向レンズがすぐさま明るさを調整し、目を慣らしてくれる。この部屋は、豪華の一言では言い表せないほど煌びやかなスイートルームだった。
どうやら僕は、罪人ではないらしい。では、何故こんなところにいるのだろう。疑問が疑問を呼び、ついに言葉として漏れてしまった。
「あのすいませんけど、どうして僕はこんなところにいるのですか?」
警官の平静な顔が突然驚愕に変わる。相手の地雷原でも踏んでしまったかな?
「あのミスター。いえ、ミスター大臣。気は確かですか?意識はハッキリしていますか?」
大臣?一体何を言っているんだこの警官は。僕はまだ12歳になったばかりの小学生だぞ。気でもふれちゃったのかな。
「意識はハッキリしてますよ。ただ何で僕は、こんな煌びやかな部屋に寝かされているのです。ちょっと事情を説明してもらいないでしょうか」
「ああーなんということだ。まさか記憶を抜き取られたとは」
警官は自分の手を額に当てて、呻きながらつぶやいた。
事情をさっぱりつかめない僕は、眼をパチクリさせながら彼の意味不明な動作をくいるように見つめた。
「えっーと、何かヘンなこといいました、僕」
「いえ、何も妙な事は言っていません。非はこちらにあります」
警官は、手を額に当てながら首を振って、申し訳なさそうに僕を凝視する。
「今、あなたは自分をおいくつだと思われていますか?」
「年齢ですか、12歳です」
「あなたの年齢は正確には12歳ではありません。本年で57歳になられました」
「57歳!」
そう言われて初めて気づいたが、僕の身体は以前とは比べ物にならないほど大きい。ところどころに皺が目立ち、筋肉もたるんでいる。鏡を覗き込めばさらにショッキングな事実を垣間見ることができるだろうが、そんな勇気は持てそうにない。
「簡単に説明いたしますと、あなたはこの国で義体部門を統括してらっしゃる大臣です。先日、義体の完全除去をもくろむテロリストに誘拐され、最近になってようやく救出されたのです」
「えっ誘拐?でも、僕にはそんな記憶はありません。僕はさっきまで、父さんと母さんと一緒にいたんです」
「記憶にないのは当然です。テロリスト達は、あなたの脳から記憶を取り出してしまったからです。見たところ今のあなたは、あなたになるきっかけがあった事件の前の記憶しか持ち合わせてはおりません」
「記憶が持っていかれたって・・・・・・ええ!?そんな技術聞いたことがない」
「それはそうでしょう。あなたが少年院で作りだした技術なのですからね。簡単にあなたの過去をお話しますと、あなたは12歳の時両親を殺害し、少年院に入りました。そこであなたは脳から記憶を抜き取り、別な媒体に移し変える技術を生み出しました。その功績で特別に罪は免除され、キャリアを重ね、現在に至るのです」
人間の脳から記憶を生み出して別な媒体に移植する・・・?それじゃまるで・・・。
「僕がそんなことを・・・」
「はい。その技術により、義体化は更なる躍進を遂げ、今では電脳というデバイスさえ生み出しました。チップを脳の代わりに、頭に据えるという技術です。この技術が世間に広まり、世界には生身の人間はほとんどいなくなりました。あなたの記憶を奪った犯人たちは生身の人間たちで構成されるテロ組織で、現在全世界で指名手配されています」
「人間はほとんどいないの」
「何を言っているのです、人間はたくさんいますよ。人間ではないのはむしろ『あちら』の方です。生身の人間など、人間ではありません。人間はあなたのおかげで、新たな進化を遂げました。『やつら』はそんな新たな人類を害する害虫のような存在なのです」
「害虫・・・・・・」
「ミスター大臣。必ずや犯人を捕まえて、あなたの記憶を取り戻して見せます。心配はいりません。場合によっては、あなたの経験、人生経験などをプログラムで再構築し、移植されますから。では、これにて失礼致します。朗報をおまちください大臣」
「そう・・・頑張って・・・」
「人の世界に栄光を」
警官はそう述べると、慇懃に会釈をし、部屋から出て行った。
警官の説明からわかったことがある。僕はこの世界を父が言う、ロボットで埋め尽くしてしまったらしい。僕の記憶を奪った犯人達は、僕に対する復讐に、善意の感情を持っていた12歳の僕の記憶だけを残して、今の僕の悪行を突きつけた。その後の僕の行動を予想した上で。
僕は大理石の壁に思いっきり頭をぶつけた。何度も何度も、痛みが感じられなくなるまでぶつけた。意識が朦朧としてくる。この状態で眠れば、永遠に眠れるかもしれない。しかし、ここで僕が死んだとしても本当に死は訪れるのだろうか?僕が生み出した技術は死人すら蘇生させるとしたら。・・・・・・僕の予想では、間違いなくその技術は存在する。ここまで徹底的に世界を変革させた僕だ、自分が世界の永遠の支配者になろうと考えないはずはない。
僕は一時的な安らぎに身を任せた。目覚めた世界には地獄しか待っていないことを知りながら。何故か父に謝りながら・・・・・・。